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奈良地方裁判所 昭和48年(ワ)194号 判決

原告 武本清こと黒田重治

被告 国

右代表者法務大臣 中村梅吉

右指定代理人 麻田正勝

〈ほか四名〉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一〇〇万円と、これに対する昭和三七年六月二一日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (実用新案権)原告は、昭和三一年一二月一四日出願、同三四年三月一九日登録にかかる左記の実用新案登録第四九〇、七二四号実用新案権の権利者であった。

(実用新案の登録請求の範囲)

別紙図面のとおり、(イ)軟質塩化ビニールパイプaの中に空気を圧入し、これを外部に逃がさないように、始端bと終端cとの各管孔を盲端一体に溶着せしめ、(ロ)これを端面板を有する枠dに捲収してなる軟質塩化ビニールパイプの包装の構造。

2  (無効審判)ところが、訴外東拓工業株式会社、同株式会社オーエー商会(現在の商号、株式会社オーエー)は、それぞれ昭和三六年五月九日付、同年七月一日付で、原告を被請求人として右実用新案の登録無効審判を請求し(それぞれ特許庁同年審判第二六九号事件、同年審判第三六三号事件)、特許庁は、審判官井上昌久、同高橋茂助、同佐々木清隆のもとに両事件を併合審理のうえ、同三七年六月二一日、左記のとおり前記実用新案登録を無効とする旨の審判をなした。

3  (右審決の要旨)本件登録実用新案の考案中、①ビニールパイプ製造にあたって、このパイプの内部に空気を送入することは、遅くとも同二八年には公然と行われていた。②前記1(イ)のような構造のパイプを製造すること(換言すれば、パイプ製造中の送入空気を逃がさないようにパイプの開口端をつまんで密封すること)は、遅くとも同三〇年末には公然と行われていた。③また前記1(ロ)のような構造の枠に右パイプを巻くことは、同三一年の六、七月頃(遅くとも同年九月より前の時期)には公然と行われていた。即ち、本案登録実用新案と同構造の製品がその出願前に公然と実施されていたもので、その登録は無効である。

4  (不法行為)前記各審判官は、右審決および同審決に至る手続におけるその職務を行うについて、(イ)一方的な先入観に基き、経験則に違背して証拠の採否およびその評価を行い、(ロ)また、虚偽の証言を採用したのみならず、(ハ)さらに、証拠に基かずに事実を認定し、その結果原告を同審決において敗訴せしめた。各審判官の右行為は、同審判当時の主張、立証の枠内でみるとき、一方的偏見に基いて軽卒に速断を下していることが明らかである点で過失を免れず、右過失行為により第一審たる審判手続を形式化し、裁判所における和解成立の機会および審級の利益を奪いとったものである。なお、右(イ)ないし(ハ)の具体的内容は以下のとおりである。

(イ) 前記各審判官は、本件審決の唯一の根拠を、同審判請求人たる株式会社オーエー商会の同審判当時の専務取締役たる大江恒夫の証言を求め、他の証拠があるにも拘らず、それらについてはこの審決に影響するところはないとして排斥した。これは請求人の主張と同一の価値しか有しない証拠を全面的に信用し、他の証拠を恣に切り捨てたもので、明らかに経験則に違背する。

(ロ) 同各審判官は、本件登録実用新案がその出願前公知であった旨の事実を認定するにあたり、右大江証人の「株式会社オーエー商会では、昭和三一年から本件実用新案と同一の方法によりビニールパイプを製造していた」「右工場内には、従業員以外で原料関係や用事のある人は出入りできて仕事場で話をしていた」旨の供述に依拠しているが、右供述が虚偽であったことは次の点より明らかである。即ち同四五年一〇月三〇日大阪地方裁判所により施行された同裁判所同年(モ)第三〇一六号事件の株式会社オーエー(当時および現在の商号)の工場の臨場検証に際し、同社代表者は、営業上、技術上の秘密保持のため一般人の工場内立入を禁止している旨の理由をもって、検証時における原告の立入を拒否したのみならず、前記1(イ)のパイプ製造に使用したとする同三〇年度、遠光鉄工所製五五ミリ押出機(ビニールパイプ製造機)も、検証時同工場内に実在しなかったことが、同検証により判明したのである。

(ハ) 同各審判官は、本件審決において前記3の事実を認定しているが、同事実は右大江証言中には存しないものである。即ち右3の①については、なるほど大江供述中に右①の如き表現が存するけれども、右供述は、パイプ内に「送風」することを、パイプを円型に保って製造するためのパイプ製造上の技術として述べているにとどまり、本件実用新案でいうところの、製造後のパイプの外圧による破損を防止するための包装技術としての「空気封入」の意味で述べているわけではない。また右3の②と③については、大江証言の時間的順序を反対にした認定である。同証言によれば、同三一年春頃、問屋の要請でビニールホースの包装をドラム巻きにした、この時巻かれたホースの両端は開いていた、その後、両端を閉じて空気を入れた、というもので、同証言は、ホースをドラムに巻きつけた場合、内側に巻き込まれたホースは、ドラムの芯(木製)と外側を巻くホースとの間にはさまれ、サンドイッチ状になった状態で外圧を受けて変型するので、これを防止するため空気封入が必要となったという意味で述べられているのであって、前記3の②、③の如き順序は論理的にも成り立ゝない。

5  (損害)原告は、前記各審判官の右4記載の行為により精神的苦痛をこうむった。右苦痛を慰藉するには、少くとも金一〇〇万円が相当である。

6  よって原告は被告に対し、右損害賠償金一〇〇万円と、これに対する不法行為の日(審決の日)である昭和三七年六月二一日から支払済みまで、年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1、2、3全部、4(イ)中、大江恒夫が証言当時株式会社オーエー商会の取締役の地位にあったことおよび4(ロ)中の大江証人の供述内容は認める。4(ロ)中の「工場内への立入拒否」の点は不知。その余は否認。

三  抗弁

原告は、前記各審判官の前記請求原因3を骨子とする審決に対し、事実誤認を理由として、東京高等裁判所に同審決の取消しを求めて出訴したが、昭和四〇年九月二八日、同裁判所により同審決の認定事実とほゞ同一の事実を認定されたうえ、その請求を棄却されるや、さらに事実誤認等を理由として、最高裁判所に上告したが、同四一年七月一日、同裁判所により上告を棄却され、同審決の判断が維持された状態で確定した。よって本件審判に原告主張の如き事実誤認の違法は存しない。

四  抗弁に対する認否

不知

第三証拠≪省略≫

理由

前記各審判官が本件審決およびそれに至る手続をなしたことは、当事者間に争いがない。

しかるに実用新案法三五条ないし四一条、四七条一項によると、実用新案登録の有効無効をめぐる争訟は、高度の専門技術的知識にもとづく統一的判断が要求されるところから特許庁の審判を前審的なものとし、その審決に対する訴を特に東京高等裁判所に専属させている。

右の趣旨に照らすとこれら争訟手続に関する証拠申出の採否、証拠の証明力の判断、事実認定等について違法が存する場合は、当事者は、当該事件の終局判断に対する上訴により不服申立をなして、これに対する救済を受けることができ、かつその方法によってのみ救済を受けることが許されるのを原則とし、右方法により不服申立をしないまゝ終局判断が確定した後に至り、当該事件の審判官等のなした証拠申出の採否の措置、証拠の証明力の評価、事実認定等について違法を主張することは、再審によりうる場合のほかは許されないといわなければならない。けだし、そうでなければ、当該事件の上訴裁判所以外の裁判所に前審裁判所の判断の当否を有権的に判断させることになり、専属管轄および審級制の存立意義を没却するに至るからである。

そこで進んで本件につき考察すると、≪証拠省略≫によると、原告は前記審決に対し事実誤認を理由として東京高等裁判所に上訴したが、その請求を棄却され、同じく≪証拠省略≫によると、さらに原告は、経験則違背の事実認定等を理由として最高裁判所に上告したが、その上告を棄却されて右請求棄却の判決は確定したこと、また≪証拠省略≫によると、原告は、右確定判決につき、重要事項の判断遺脱を理由として東京高等裁判所に再審の訴を提起したが、その訴を却下されて確定したこと、がそれぞれ認められ、これを覆えすに足りる証拠はなく、原告の主張は要するに当裁判所の管轄に属しない審判および裁判の手続面の違法についての判断を求めるものというべく、到底容認できない。

(加うるに、≪証拠省略≫によると、原告は、東京高等裁判所において、前記請求原因4(イ)、(ロ)に記載した大江証言の信用性につき、また出願前の公然実施の時期、ビニールホースの市場に出現した順序、本件実用新案が前記(登録請求の範囲)(イ)と(ロ)の単純な組合せではないこと等(前記請求原因4(ハ)参照)につき、それぞれ争点として主張済みであること、次いで、≪証拠省略≫によれば、原告は、最高裁判所において、前記請求原因4(イ)、(ロ)とほゞ同趣旨で、同3②の製造が実験則上不可能である旨の主張を、同4(ハ)とほゞ同趣旨で、同3の②と③の時間的順序、出願前公然実施の時期、パイプ製造中の「送入空気」を逃がさないように製造途中にパイプをつまんで密封することと製造後のパイプ中に空気を圧入して密封することとは「別異事項」である旨の各主張を、それぞれ争点として提出済みであること、そのうえ≪証拠省略≫によると、原告の再審理由とした「重要事項についての判断遺脱」(民事訴訟法四二〇条一項九号)は、右「別異事項」につき判断の遺脱がある旨を主張したものであること、がそれぞれ認められる。

そうだとすれば、原告が本訴において主張するところは、いずれも前審において同趣旨により主張済みであり、それらは重要な争点として慎重に吟味、判断されたうえ、前記のとおり排斥されて確定したことが、十分に推認でき、結局前記審判手続における各判断には、なんらの違法も存しないものと認めるほかはない。)

よって原告の本訴請求は、その余の判断をするまでもなく失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡村旦 裁判官 岩川清 柳澤昇)

〈以下省略〉

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